家族関係の修復法  渋谷武子



  家族関係の修復法をお話しようと思います。私(自分)と子供、私と夫(妻)、自分と親というような一対一の関係ではなく、家族の関係を家族というシステムとしてながめ直し、それによって分かった家族の人間関係、行動のパターン、会話のパターン等を見直していこうというもので、これは家族療法の応用です。
 
家族システムの動き
 
  家族というのは動くものでして、一定していることはまずありません。家族のシステムは日常の生活を考えても、今日と明日の違いもありますし、絶えず変化しながらバランスを保とうとするのです。
  もう少し大きくみると、長い年月に渡る家族の生活には発展と生活周期があります。子供時代から成長した若者が、結婚して新家庭を築く夫婦二人の段階、子供が生まれて子育てが始まる段階、小学生・中学生と子供が成長していく段階、その子供たちが結婚して巣立ってまた夫婦二人の生活になる、あるいは若い夫婦と同居して二世代になるとか、老後の生活の段階へと発展・変化していきます。
その時には若夫婦の新家庭のサイクルが始まっています。
  そういう長い家族の歴史でみる動きがありますから、家族システムの状態を捉えるときに、家族の生活周期がどの段階かという見方は持っていたいものです。
  また、家族の一員である個人に焦点をあてると、個人もその個人の発達課題を持っています。幼児期、児童期、思春期などそれぞれ異なった発達の課題を解決しながら成長していきますし、大人も壮年期、老年期とそれぞれのライフサイクルの課題を抱えています。
  家族を構造的にどの段階に動いているのかをみる見方と、その家族のメンバーの個々人のライフサイクルの段階の両方の見方が、家族の動きの中にはあるというふうに思ってください。
  この両方を重ねながら、家庭内のちょっとした出来事で家族の動きに変化が起きた時に、どんな事柄が問題になりやすいとか、家族の動きが激しく変化するのか、そしてそれがどんなふうに修復されていくかなどを、新たなバランスがとれるようになった例を紹介しながら、具体的にお話したいと思います。
 
家庭生活の文化づくり
 
  例えば誰かが風邪をひいたとします。それだけで家族の中に小さなさざ波がたちます。病人がでた場合、その人を取り囲んだ各々の人の問題(悩みというほどでない日常生活や精神的な発達段階の課題とか役割)というものが、揺さぶられるわけです。
  でも、風邪程度のことであればすぐ修復され、元に戻ります。
  家族システムの周期が若い二人の新婚時代に風邪をひいたとしましょう。
  育った家族がお互いにあって、結婚して新しい家庭を築くときには、妻の家と夫の家にそれぞれの文化があるので、二人はまだたくさんの異文化を持ったまま一緒に生活していることになります。二人で一つの家を作ろうとするときに、風邪をひいた人への対応の仕方が違うことに気が付きます。
  例えば、一方は「薬を飲みなさい」と軽く言うだけの、あまり干渉しない家庭に育ってきた。片方は、体温計を持ってきて熱を計るように勧め、薬と水も用意して飲ませてくれるような面倒見の良い世話を焼く親に育ち、過保護か過干渉ともいえる家庭を当たり前のこととして生活してきた。仮にこういう極端に異なる生活習慣(生活文化)を持った家庭に育った二人が結婚すると、一方は相手を優しくない人と感じ、もう一方は相手をうるさく感じたり鬱陶しい人とみたりすることがあります。もちろん世話を焼いてもらって嬉しくなることもあります。
  どちらにしても、育った文化の違いによって行動パターンの違いがあり、相手の行動から受ける印象が異なり、違和感を持つのです。そこで、話し合ったり、お互いの親の家の生活文化をみながら、お互いに妥協し、新たな文化を作り上げていくのです。
 
家族にある規則・ルール
 
  家族の生活周期(ライフサイクル)の中で、家族の誰が強い影響力を持っているかとか、夫婦は各々が精神的に自立した人で責任感を持てるように育った大人なのかとか、責任感ということがどこに一番中心があるのか(家族の中には独裁者のような方がいらっしゃることもあるので)、または自由度はどのくらいあるのかなどは、家族システムを見直すときに大事な点です。
  新たな生活文化は二人の日常生活のルールを作っていきます。自立していて、責任感を持った二人に子供が生まれました。子供を育てる段階で、子育てについてのいろいろな考えが、夫婦の中でぶつかることがあります。その考えは夫も妻も自分の独自の考えが沸いてきて、それを主張していることも時にはあるかもしれませんが、父親と母親になった二人がそれぞれの育ったプロセスで実家で身に付けた考え方、ルールを主張していることがよくあります。
  先程の異文化の対立と妥協も伴って新しい生活文化・ルールを作っていくわけです。この決め方に、力関係が入ってきます。
  自分が育った家では当然のように考えられていた考え、家庭の方針、生活の規則・ルールが、自分が新たな家族の中でも浸透することにこだわる場合があります。また実家の規則が嫌で自分はこうしたいと夢を抱いて強い主張となることもあるでしょう。
  こういったものが、家族の生活にはたくさんあって、その中でも強いこだわりが持たれているその家のルールや考え方を家族神話といいます。
  この若夫婦の変化を追ってみます。自立していて責任感を持った二人に子供が生まれました。このときに家族神話(その家族固有の信念体系)というものがでてきます。「母親の手伝いを男の子にさせるものではない」とか、「最初にお風呂に入るのはお父さんだ」とか、「元旦は必ず家族全員で夫の実家にお年始に行く」とか、自分の育った家庭の方針や考え方から「こうあらねばならない」という事柄があるのです。それを家族神話というのです。
  なぜ神話というか、それは崩す時に罪悪感を持ったり、周りからかなり攻撃がくるためだろうと考えます。
  子供が小さいうちは、親の考えを入れていくのですが、小学校ぐらいになると子供は外のこと、学校の道徳等を持ち込んできます。やがて反抗期になり、親(特に母親)は体力的に少し楽になる代わり、頭を悩ますようになる。
 
家族のダイナミック
 
  また、その頃になると祖父母たちが弱りはじめ病気になったりする。看病というのは体力的にだけでなく、死を間近に迎えた人とどう付き合っていくかといった情緒の複雑さがあるわけで、とてもエネルギーを消耗します。
  そうすると母親は、親の世話と子供の反抗等でくたびれて妥協が早くなります。父親はというと、仕事の責任が重くなってくる時期で、妻の感情的な大変さをなかなか思いやれないのです。
  そういう時代があって、今度は子供たちが自立し結婚して出ていく。その頃には自分たちも体力的に弱ってき、老いを自分の課題としてみるようになる。
  しかし「いずれ我が身」とみているうちは、まだ遠いのです。本当に死を考えることとは、やはりそこにはギャップがあります。
 
ある事例
 
  思いがけない出来事が家庭に起った時の対応は、この家族のライフサイクルと家庭のシステムの両方を合わせて見直したいものです。
  ある家族を例にお話します。
  五十五歳のAさんが身寄りのない叔母(父の妹)を引き取ることになりました。叔母さんは長年外国で一人暮らしをしていましたが、癌で余命一年と宣告され、日本で死にたいということになったわけです。
  A家の構成は母親と妻の三人です。A夫婦は長い海外駐在の経験があり、母親とは違う文化を持っています。それが同居するようになり、母にすれば自分と息子の間の文化を崩そうとする嫁が入ってきたわけで、嫁姑がしょちゅう対立していました。
  ところがそこへ叔母さんがやってきた。あと一年と宣告されていますから、家族はその一年を大切に送ってもらいたいと思い、最大限のことをしてあげようと考えました。
  一ヶ月が過ぎた頃、叔母に一生懸命やってきた妻の我慢が限界に達し、突然嫁姑連合がおきました。病気だから大事にしてあげようという思いよりも、自分たちの生活が崩されるのではないかという思いが強く出て、叔母さんを邪魔に思い始めたのです。
  叔母さんの行動は、朝、妻と同じ頃に起きAさんの食事の用意をする。それも子供の頃と同じように「ハイ、Aちゃんミルクよ」「Aちゃん、パンは何枚食べるの」と、妻の領域に侵入してきたわけです。
  で、叔母さんには、一年しか命がない病人だという大義名分があります。そして自分が死ぬ ということに非常に腹立たしいものを感じている人でしたから、自分を大事にしてくれなければいけないと思っているわけです。
  癌を受け入れるという意味が、自分が自分のものとして受け入れるというよりも、自分には癌という大変なものがあるのだから、家族みんなで癌と戦わなければならない。自分は癌を抱えた大事な人、全ての人は犠牲になっていい、というふうになったものですから、嫁姑が仲良くなって連合したのです。
  それまで姑は息子夫婦に口出していたのです。自立ということから考えても、嫁に任せなければと思うのですが、つい口を出してしまう。孫の教育にも口出ししたくなります。しかしこの、夫婦の親としての役割への侵入というのは、家族が維持できなくなる一つの要因です。
  それで姑・嫁はがさがさしていたのですが、ここで、叔母に対して協力関係になりました。
 
家族の修復
 
  A家の修復のやり方はAさんが中心で働きかけていきました。まず、会話の仕方に主語を付けるようにしました。
  叔母さんが「ハイ、Aちゃんミルクよ」とテーブルに置いた時、「叔母さん、主人にミルクを出してあげたのね」というふうに、叔母さんが今何をしようとしているかを表現するのです。それは映像のように見せるという役があります。知覚させるのです。
  また、特に病気になると不安が募ります。すると要求が多くなるということがしばしばあります。ですから何か要求があった時、その人が今何をしようとしているかをきちっと意識させることによって一呼吸おく間を作るわけです。双方に考える間ができるのです。
  次に、距離をおくことをしました。どんなに好きな人でも、どんなに愛している人でも、ある瞬間嫌いになったり憎しみを持ったり、感情が揺すぶられずっとその人を大事にするということはできません。一生懸命やっていて、一番大変なのは疲れが溜まってきた三ヶ月を過ぎたころです。無事に三ヶ月過ごせた良かった、という気持ちと一緒に苦労もまた続くわけです。
  そうすると今まで全部を犠牲にしてやってきた人にとっては、その犠牲が無期限に近いものに思えてくるのです。
  ですから、嫌になったら叔母さんの側を離れ散歩に行くとか、ゆっくりと買い物をしてくるとか、食事の用意もたまにはさぼるとか……。そういう人間関係の距離の取り方によって、感情のコントロールができるのです。
  次に、食卓で座る位置を変えました。
  食事のとき誰がどこに座るか固定化されているお家がよくあります。が、病人ができたり、今までと変わった事が起こった時には、位 置を変えたほうが良いことがしばしばあります。人間は弱くなると甘えん坊になります。特に死が近くなってくると寂しさや不安があって、自分が一番好きな人の隣に居たい、そこが特等席と思うようになります。
  そのようなことがあるので、その人の要求によって食卓の位置を変えるというだけで、その家の動きが変わっていくのです。それは、位 置によって話す量が変わってくるからです。
  で、Aさんは日替わりで叔母・母・妻それぞれの隣に座るようにしました。すると叔母さんは、自分を大事にしてくれないと不満を持ったようですが、母と妻は気持ちが安らいだのです。
  Aさんの場合はそういうふうにして修復していきました。
 
「財布を盗ったでしょ!」
 
  家族の行動というのはいくらでも問題がおこりますので、お話すると切りがありませんが、もう少し、問題になるような事柄をお話しましょう。
  加齢や病気で呆けの症状がある場合、例えば財布が無くなったとします。「あんたが盗ったでしょ」と、嫁を責めます。嫁が大掃除をしたら財布が出てきました。「あった、良かった」と当人は言うだけで、責めた嫁への詫びの言葉はありません。濡れ衣をきせられた嫁は怒りがおさまりませんよね。でも、呆けた人には、財布が無くなったという記憶だけで嫁を責めた記憶は残っていないほうが多いので、そういうものだと認めることです。
  この財布が無くなる盗まれたというのも妄想かもしれません。これは呆けなくても不安が強くなればよく起こることです。妄想というと病気っぽく聞こえますが、例えば、思い込みと推察は強すぎれば妄想に近くなってきますし、取り越し苦労だって考えてみれば、推察に推察をしてやります。
  もう一つ家族の中で気を付けなければいけないのは、顔色を読むのが上手な人です。今まで「水」「寝る」「風呂」ぐらいしか言わなかった夫が病気になったとします。今まで夫の顔色を読んで事を済ませていた妻は、よけい顔色を見ながらやるようになる。これは推察ですよね。
  そしてその推察が外れていた場合、夫の怒り方は元気な時よりも激しくなるか、反対にしょぼんとなるかです。どちらが出るか、それは分かりません。
  ですから言葉が少ない方に対しては、主語を付けて話した前述のように、まるでラジオの実況中継の如くきちっと言葉で行動なり、したいことなりを伝えていくということを増やす必要があります。
 
家族の力動
 
  家族の中で力の関係が変わるということがあります。家族の中には必ず強い人と弱い人がいます。でも、大きなパニックが起こるとこの力関係が動き出します。一番強い人が倒れたら、二番手の人が一番にならないとその家は回りませんよね。そうすると、二番手の人が育ってくるか、元々抑えていたものがグッと出るかによって、その後の形勢が違います。
  今まで我慢を重ねて従ってきた妻なり夫なりが、この事が長くなってきたら、二番手が強い形でその家が動き出します。そして新たな家族関係・行動パターンができ、病気の人の居場所が回復しにくくなるのです。そうすると、病気自体がなかなか治らないということが起こります。
  この時にどんなふうに家族が、その病人を抜きにしてできた力関係というか、この構図を、その病人が戻って来たときに入れて作り直すかということが、一つ課題としてあります。が、これはなかなか難しいことです。
  で、その時にどういうことが助けになるかというと、前述の連合です。妻だったら夫、夫だったら妻の連合がうまくできている、会話ができていることです。親子(子育て中の親子)であれば、子供への親の役割をきちっと果 たす。自立後の親に対する扶養的なことでしたら、兄弟のうち誰が親をみるかということで葛藤があったりします。
  そういうことがリーダーシップとの関係で家族内の構造がぐらつき出して、また修復されて、でも今度はそれが修復が元に戻るのではない新しい時に、これをどう病人とか、今までのが維持できなかった人に伝えていくかっていう問題が起こってくると思います。その辺を暖かくする必要があるかと思います。
  その時に、実際上は病人がもういろんな事ができなくなっていても、前述の食卓で優遇するとか、家庭の中の居場所的なことで優遇するということで、その人の位 置を確保してあげれば良いと思います。一見小手先のようですけれども、情緒的な安定というのはそういうところでできるものなので、そういう工夫をすることをお勧めします。
 
会話の見直し
 
  効率の良い会話をしているかチェックしてください。何か大きな波がきた時は、客観的な人を一人置くというのは割に大事です。大事ができそのことに没頭する人達がでてくると、もうひとつ周りが見えなくなります。そうすると会話がいったりきたりで、決定ができない人と決定を直ぐしたくなる人とができる場合が多いのです。そして決定できない人にも決定したい人にも不満が残りますので、もう一人必要なのです。
  会話がうまく回っていない時は、その会話を途中で止めるなり短くすることが大事です。会話の仕方というのはパターン化されていることが多いので、その会話の仕方に気づくことです。
  そして相手を尊重しながら話すことが大事です。これは年令に関係なくいつでもしてもらいたいことです。
  私の夫のことで言えば、病院の看護婦さんが患者を子供扱いすると言って、とても嫌がっておりました。大人の人間として対等な立場で話せる時間を作らなければなりません。どうしても人間は、弱い人に対してだんだんバカにするようになります。そうすると、優越感を持っていることに気づかないで、相手をやっつけていくことになります。
 
  家族の構造は、極々日常的な事を見直すといくらでもあります。家族療法では、掃除の仕方とか、洗濯物を誰がたたむかとか、タンスへの入れ方とか、そういう環境を変化させることと、会話の中に挨拶を入れること、主語を入れること、解説をすること、そういった事を大事にしています。皆さんのお家にはそれぞれのパターンがお有りだと思いますので、工夫してください。
  ただし、勝手な推察をして自分流にやらないこと。相手が要求した言葉の量 だけ動くこと。また、ケンカをすることによって支えられているということもありますので、文句を言っていれば元気なのだと、気にかけないこと。
  そして、病人が同じ愚痴を言うようになったら、正確に言っているかどうかに注意してください。愚痴の内容がいつも同じに言えている間は大丈夫です。内容がだんだん弱まってきたり、抜けたりするようになったら、正確に補ってあげてください。愚痴はバロメーターだと思ってください。これも会話を効率的にする方法です。

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