「『サンカーラー』この世の断片をたぐり寄せて」田口ランディ [224回 H25/4/18 ]
「『サンカーラー』この世の断片をたぐり寄せて」

講師 田口ランディ 氏 作家

講師プロフィール

2 0 0 6 年6 月長編小説『コンセント』を出版、作家生活に入る。その後『アンテナ』
『モザイク』(共に幻冬舎)を発表。広く人間の心を題材にした作品を発表する。
『富士山』『ドリームタイム』(文藝春秋)、『ひかりのメリーゴーラウンド』(理論社)
『キュア』(朝日新聞出版)、原爆をテーマにした短編集『被爆のマリア』など多数。

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<講演録>

みなさんこんにちは。田口ランディです。

最近の私の課題というかテーマはですね、お墓の引っ越しなんですね。墓をね、引っ越さなきゃいけなくなっちゃったんですよ、先祖の墓を。

うちの父は十人兄弟の長男だったんですよ。だからまあ家長ですね。で、父と母の間に兄と私がいたんです。兄は私より八つ年上だったんですけれども、四十二の時に自殺しちゃったんですね。その兄が亡くなった後に、すぐ母が亡くなりまして、四年ほど前に父がガンで亡くなりました。

父は家長でしたから、先祖のお墓守ってたわけなんですけれども、それが全員亡くなってしまって、私しか残ってないんですが、私は嫁に行って家出ちゃってるわけですね。

それでね、父の法事の時にお寺の住職さんがね、こういう席で何ですけれども、お墓の今後をどうなさいますか、っていう話をされたんですよ。私はこれまで一度もお墓の事なんか考えたことなかったんですね。

上に兄もいたし、自分は婚家のお墓に入るじゃないですか。だから実家のお墓って言うのはもう父にまかせっきりだったから、そこに何の興味もなかったわけ。でもみんな死んじゃったから、そのお墓の世話を、墓守する人がいなくなっちゃった訳ですよ。

住職からはお墓っていうのは、長男の直系の方じゃないと受け継げないってことを言われるんですが、私は嫁に行ってるので、「おじさんとかじゃ駄目なんですか」って言ったら、駄目なんです、そういうものなんですって言われたんですね。

「わかりました、私は何をしたらいいんでしょうか」ってご住職にお伺いしたら、「あなたがお墓を守るんですね」って言われ、「実質そうなりますね」っていうことを言ったら、「そういう後ろ向きな姿勢ではいけません」っていきなり怒られちゃって。「「檀家」というものになっていただきます」って。檀家?全然なんだかわからない。

私、仏教はとっても勉強してるんですけど、私が勉強してる仏教って仏教思想とか仏教哲学なんですよ。そこに檀家とかっていうのはまったく入ってこないんですね。何故そんなものが必要なんだろうかって、まずそこから入っちゃったものだから、ものすごく住職さんに嫌われちゃったんですよ。

で、「お父さんが亡くなってお兄さんが亡くなったのなら、あなたがやるか、もしくはこのお墓は取り壊しということになるんです」と。
つまり墓を壊して更地に戻して、場所を戻してもらうということだそうです。でね、私困ってしまって…。

うちの母がまだ生きていた頃、母がすごく頑張って、へそくりをはたいて墓石を新しくしてたんですよ。だからまだ御影石のピッカピカなお墓なんですよ。
母はまじめな迷信深い人だったんだけど、ある法事の墓参りで全員が集まった時にね、父の妹に当るおばさんが、この墓石のここが欠けてる、墓石が欠けるのはものすごく縁起が悪い、これは良くないことが起こるって言い出したんですよ。
それでうちの母はものすごく気にしてしまったんですね。

当時、私の父は船乗りで一年に一回とか二回くらいしかうちに帰ってこないんです。それで、船が入港して家に帰ってきた時に母が、何々おばさんが墓石が割れて縁起が悪いから立て替えた方がいいって言うので立て替えようと思うというような事を言ったら父が、「馬鹿野郎!そんな迷信信じてんじゃねえ!」「墓なんかなんでもいいんだ、俺が死んだら骨を海に撒け!」って。本当にアル中で、最低の人でね。もう全然取り合わない。

お母さんはほとほと困り果てたあげくに、これは先祖の為にいい事だからと、ちょこちょこ貯めたへそくり叩いてお墓を立て直して立派なお墓になった。そこに父がまた戻ってきて「俺に黙ってこんなことしやがって!」みたいなことを言いながらも、その兄弟達からは、お墓を立派にしてくれてありがとうとか言われ、俺がやったんだみたいな感じで―。
まあ、そういう曰つきのお墓なんで、私はこれを取り壊して更地にするって聞いたときに、お母さんの顔が頭にパッと浮かんでしまってね、あんなにお母さん頑張って墓立てたのに、それ取り壊したら悲しいだろうなって思っちゃったんですよ。それで「じゃあ頑張って「檀家」っつーのやります!」って言って。

でもやり方全然わからなくて、「どうしたらいいのか教えてください、お金はいくらお支払すればいいんですか?」って言っただけで怒られちゃったんです。「お金の問題じゃない」「供養するお心の問題です」みたいに。

とにかくその怒られながらも質問をして、それでああそうか、なるほどこの年忌って言うのをやらなきゃいけないんだなとか、施餓鬼供養ってのがあるんだなとか、理解していったんですが、なにしろですね、そこのお墓にはお爺ちゃん、お婆ちゃん、お父さん、お母さん、お兄ちゃんと五人が入ってるんですね。そうすると、年忌が何度も来るんです。他に兄弟誰もいないから、一人でやらなきゃいけなくて、すごい大変なことになっちゃったんですよ。まとめてやるとしても一人頭いくらでかかってくるんですよ、年忌の費用が。四つ重なると、かなりの金額になっちゃって、わぁ、こんなにお金かかるんだ、どうしよう!私どんどん負担になってきちゃって。

そうこうするうちにこの『サンカーラ』という本にも書いてあるんですが、私は夫の両親と同居してたんです。


<こちらでの公開はここまでです。全体の講演テープをご希望の方は仏教情報センターまでお申込下さい(千円送料込)>


(2013/04/18「いのちを見つめる集い」より)


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